Monday, June 11, 2012

6・10「婦人部の日」を世界が祝福 「母は強く賢くそして勝つ」



6・10「婦人部の日」を世界が祝福
母は強く賢く
                そして勝つ

母!
賢い母。
母!
おっとりとした母。
母!
うるさい母。
母!
聡明な母。
母!
強靭な信念の母。
母!
常に無邪気で賑やかな母。

しかし
嵐に揉まれてきた
母の胸の中には
奥深い人生の激しく燃える
清冽な決意と愛情が
必ずある。

走り急ぎ
娘のブラウスを借りて
会合に現われた
母の若々しさ。

娘のハイヒールを
「悪いけど」と
一言いいながら借りて
会場に颯爽と向かい
帰宅すると
「兄が痛い痛い」と
一週間も嘆く母。
新しい靴も買えないと
愚痴ひとつこぼさず
いじらしいほど
質素に生・き抜いた母。

会合で遅くなり
無知な夫に怒鳴られても
悠然とし立振る舞いで
「正義と福運のためだ」と
強く打ち返しゆく母の
あの予算委員会以上の反論。

「うんうん 僕が悪かった」と
屈服させる
巌窟王のごとき
愛情の塊の母の心意気。
どこかの国の総理大臣に勝る
雄弁であると
皆が讃えゆく母。

学者の夫も
学生の息子も
秀才の娘も
母との論議で
勝てると思って始めても
最終的には
母の賢さと智慧には
まったく敵わない。

母親には絶対に
差別などない。
高級住宅に住んでいるとか
財産があるとか
社会的名声があるとか
子供たちが優秀であるとか
夫の職業が何であるとか
家柄がどうであるとか
そんなことは
まった関係ないのだ。

生きていること
それ自体が
楽しい人生だ。
まことの幸福である。
これが母の真情である。

財産でもない。
名誉でもない。
虚栄でもない。
名声でもない。
社会の役職でもない。

真の母親は
いかなる下積みにあっても
母としての愛情だけは
光っている。
これは
永遠不滅の財宝だ。

愚人に
ほめられる必要はない
嫉妬の人に
ほめられる必要もない。
仏天の誉れある讃嘆が
燦々と輝くばかりに
母の生命を
光り包んでいるのだ。

母は強く
母は賢く
母は勝ったのだ。

「二十一世紀は『女生の世紀』偉大なる世界の母に感謝」より
2012/6/10聖教新聞第3面







Sunday, June 10, 2012

学ぶー池田名誉会長の言葉から


どこまでも謙虚に生きよ
 人間には、自分を自分以上に、よく見せようとする心がある。その心に支配されると本当の自分を見失ってしまう。「原点」を忘れてしまう。そこから人間としての堕落が始まる。
 ありのままで生きる人が、一番偉い。一番強い。どんな高い立場になろうと、どこまでも謙虚に、自分を磨いていくことだ。
 私たちは、社会の中で生活しています。周りに認められたときは喜びを感じますが、自分を分かってもらえない時は、つらいものです。
゛皆によく思われたい"という感情が出て、自分を飾ってしまうこともあるでしょう。しかし、最も大切なことは、自らの信念を貫き、輝いていくことです。あなたは他の誰でもない、あなた自分なのですから。
 仕事や課題がたくさんあっても、悠々と打ちこむ人がいます。逆に、苦しくなって、グチをはいてしまう人もいます。その両者の違いは、「実力の差」だけではなく、「心」にこそあるのでは?
 「目的観、使命感が明確にある」ということが、仕事ができる人の特徴。「何のため」という原点を忘れず、仕事に取り組みたいですね。

大変な時こそ初心に帰れ
 大変な時こそ、もう一度、初心に帰ろう!原点に返ろう!そう決めれば、心も若返る。大事なのは、わが精神が高揚しているかどうかである。
 いくつになつても生き生きしている人、それは言い方を変えれば、常に成長しようとしている人です。 〝自分はまだまだ伸びる!〝と決意すれば、魂は生き生きと躍動します。その人は、回りに希望を送ることができます。常に求道心を燃やして前進していきたいですね。

常に原点を忘れるな
 常に原点を忘れないことだ。立場が上になるほど、謙虚であるべきだ。生涯、求道!生涯、向上!そこに人生の栄光は輝く。

聖教新聞社・大白蓮華(創刊750号)2012/6、P100.101より



Monday, June 4, 2012

6・4「世界池田華陽会の日」万歳 幸福は勝ち取るものだ! 池田 大作


6・4「世界池田華陽会の日」万歳
幸福は勝ち取るものだ!

人生の目的は
幸福になることであると
私は明快に知った。

そのためには
哲学を学び
わが身を
建設しゆくことだ。
そのためには
正義の道を
歩まねばならない。

心の芯を強く持て!
崩れざる自己自身の
土台を築くために
労苦を惜しまぬことだ。

友のために
そして広くは
人々のために
善の行動をもって
尽しゆくことだ。

人生は勝負だ。
幸福も勝ち取るものだ。
最後まで
幸福のためへの
強い戦いが
青春の青春たる証しである。

長い一生の命を
不屈に粘り強く
生き抜く青春こそ
真実の青春である。
金の光に包まれて
勝ちゆく青春である。

幸福は人が決定するものではない。
自分の権利である。
強く正しく
生き抜いた人の
最高の勝利の栄冠なのだ。

人生は
平凡のようでありながら
信念と正義に生き抜く人が
最も尊く正しく
勝利なのである。

ゆえに
嫉妬の中傷批判など
まったく眼中に
置いてはならない。
置くこと
それ自体
卑下することなのである。
負けである。
不幸である。

堂々と
悠々と
自分自身に
生きゆくことだ。
この人が
本当の人生を知り
本当の人生を
生き抜いた人なのである。

御聖訓の法理には
貴方の歩む瞬間瞬間
貴方の生きゆく瞬間瞬間
御本尊は
左右前後に立ち添いて
守り抜いていかれると。

赫々たる太陽に照らされて
満座の星の輝きに
守られながら!
その無量の応援者の来るを
妙法というのだ。

貴女よ!
貴女自身が
すべて宝であることを
忘れないで生き抜け!

素晴らしい人生であれ!
素晴らしき人生を歩め!
素晴らしき人生を生き抜け!

女子部の方々よ
一人も残さず
断じて幸福に
なりゆかれることを!
一人ももれなく
悔いのなき
勝利と栄光と幸福の
一生であられんことを!
父も
母も
そして私も
祈らずにはいられない。

(「二十一世紀を舞う『女性の世紀』を謳う」より)

2012.6.3聖教新聞一面